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2016年12月14日 (水)

長谷川穂積さんと辰吉丈一郎さんの対談が見たいです。

ボクシング3階級制覇の長谷川穂積


ボクシングの世界3階級制覇したWBC世界スーパーバンタム級チャンピオン、長谷川穂積さんが現役引退を表明されました。
長くの間、当て勘の優れたボクシングで楽しませてもらいましたので、お疲れさまでした、という気持ちです。

2014年に、キコ・マルチネス選手に敗れた時は、もう、チャンピオン返り咲きは難しいのかなと思っていましたが、ウーゴ・ルイス選手との壮絶な打ち合いを制してもぎ取ったチャンピオンベルトには大きな価値があると思います。

なお、今となっては実現不可能ですが、私が見たかった試合は、長谷川穂積選手と西岡利晃選手の対戦が見たかったです。
長谷川選手が階級をバンタム級から2回級上のフェザー級にあげた時、間のスーパーバンタム級王者だった西岡選手との対戦を期待したものでした。
アメリカ・ラスベガスでも活躍していた西岡選手に対して、長谷川選手は羨ましい感情があったと思います。西岡選手が勝てなかったウィラポン選手に勝った自分の方が強いという自負もあったはずです。
対戦が実現したら、盛り上がったのにと思いました。
(西岡選手のラストマッチになったノニト・ドネア選手と長谷川選手の試合も見てみたかったなあ。。)

長谷川穂積



世界チャンピオンのまま引退した国内ジム所属の日本人選手では長谷川穂積さんが初めてだそうです。
なお、引退ではありませんが、WBA世界フライ級王座を5度防衛中だった大場政夫さんは1973年に首都高速でシボレー・コルベットを運転中に、交通事故で死去されています。(享年23歳)
その他、徳山昌守選手は、WBC世界スーパーフライ級王座を返上した上で引退。当時、徳山選手は、長谷川選手との対戦を熱望したようですが、実現には至りませんでした。








ボクサーやプロモーターが語る「長谷川穂積」


flag山中慎介(WBC世界バンタム級王者)
「最後に一緒に勝ててよかったです。長谷川さんは(最近は)ケガが多かったけれど、その理由がわかった気がした。本当に限界を超える練習をしていた。WBCバンタム級は、偉大なチャンピオンたちが巻いてきたベルト。まさに長谷川さんのおかげで自分は油断することなく、強くなってこられた」


flag井岡一翔(WBA世界フライ級王者)
「誰もが納得する引退の仕方だと思う。同じ時代にボクシングができたのは僕にとってはすごい大きな財産だった。」


flag内山高志(前WBA世界スーパーフェザー級スーパー王者)
「最後に人を感動させられる試合をして、格好いい引き際だなと思う。自分が年上だが、世界王者の先輩として尊敬していた。お疲れさまと言いたい。」


flag辰吉丈一郎(元WBC世界バンタム級王者)
「(長谷川の引退について、) なんで? 3階級制覇はすごい功績、自慢していいんちゃう。胸張っていい。体もガタがきてると思うしよく頑張ったとしか言いようがない。」


flag帝拳ジムの本田明彦会長
「(プロモートした辰吉丈一郎や西岡利晃が勝てなかった)ウィラポンに長谷川なら勝てると思ってぶつけた。 長谷川が防衛を続けて、モンティエルとの試合に勝っていれば、米国にも行っていただろう。」


長谷川穂積と辰吉丈一郎の対談テレビ



今後、私は、長谷川穂積さんと辰吉丈一郎さんの対談が見たいです。
二人は、ウィラポン選手つながりといえます。
ウィラポン・ナコンルアンプロモーション選手と2度対戦(1998年,1999年)して完敗した辰吉丈一郎選手が再起をかけていたところ、6年後の2005年、ついに長谷川選手がウィラポン選手からチャンピオンベルトを奪取。

長谷川穂積とウィラポン


私の記憶が確かなら、観戦していた辰吉選手が敗れたウィラポン選手に寄り添うように、控え室に戻っていった姿が印象的でした。
ウィラポン選手に雪辱することを目指していた辰吉選手からしたら、同じ日本人選手である長谷川選手が勝った(勝ってしまった)ことには複雑な心境だったと思います。
当時の心境なども含めて、二人のレジェンドの対談が見たいです。







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